お金の専門家に聞いた! 行動経済学が示す初心者のための「賢い投資」

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1980年代後半、バブル景気が頂点に達していたころ、テレビや週刊誌などでは、多くの識者たちが「今世紀中に株が下落することはない!」などと語っていたものでした。当時、学生だった私も「日本はしばらく景気が良さそうだな」と、信じて疑いませんでした。

しかし、いまの私たちは、その後何が起きたかを知っていて、当時を冷静にふり返ることもできます。『投資賢者の心理学 行動経済学が明かす「あなたが勝てないワケ」』(日本経済新聞出版)の著者で、経済コラムニストの大江英樹さんは、当時の日本人の多くが、行動経済学で言うところの「現状維持バイアス」にかかってしまっていたためだと分析しています。

行動経済学は、「合理的な経済人を前提とする従来の経済学とは異なり、心理学や社会学の要素を取り入れ、人間の心理・感情に焦点を当てた分析を行う経済学」と定義できます。人間はしばしば不合理な選択や行動をとるもので、なぜそうしたことが起こるのかを考える学問とも言えるでしょう。

「現状維持バイアス」とは何か

さて、「現状維持バイアス」とは、人間のどんな感情を指すのでしょうか。

「人間は、いまの状態を変えることに不安を覚える、現状を変えたくないと思いがちです。そうするとそこから、いまの状態があたかもずっと続くかのような錯覚を覚えるのです。その心理状態が『現状維持バイアス』です。つまり、本来は『現状を変えたくない』という感情が『現状維持バイアス』なのですが、それが長じて『今後もトレンドはずっと変わらない』と思ってしまいがちになるということです」(大江さん、以下同)

「なるほど!」と、膝を打った人も多いのではないでしょうか。昨年、日本を訪れた中国人観光客の男性と話をする機会があったのですが、そのとき彼は「中国の景気の良さはずっと続きますよ!」と話していました。まさに「現状維持バイアス」にかかっている状態なのでしょう。

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「プロスペクト理論」とは

投資も人間の行動の一つなので、やはり行動経済学が大いに関係してきます。たとえば、株式投資の世界では昔から「株は10勝1敗でも損をする」とよく言われます。これは、行動経済学の中心となる理論の一つである「プロスペクト理論」で説明がつくそうです。

「この理論で、基本となる考え方は『損失回避』です。損した金額と儲かった金額が同じ場合、損したときの痛みは、儲かったうれしさよりも2倍以上大きいのです。そのため、株価が下がると、損をしたくないという心理状態に陥り、『もう少し時間が経てば上がるはずだ』という根拠のない見通しにすがり、結果としてそのまま株を持ち続け、大損してしまうのです。そしてその『1敗』の額は、『10勝』の合計額よりも多くなりがちなのです」

また、株式投資では、自分の株が下がると、安いところで買い増しをするケースが多いといいます。これは「ナンピン(難平)買い」といわれる行動で、しばしば投資家が行う行為です。こうした行為に出てしまうのは、前述の「損失回避」のほか、プロスペクト理論のもう一つの基本的な考え方である「参照値」の影響だそうです。

本来は現在の株価が実際の企業価値に比べて割安か割高かで判断すべきところを、人間は、自分が買った価格(これは「参照値」にすぎない)と現在の価格を比べて、売りか買いかを判断してしまいがちなのです。自分の買った株が下がると、それを絶対視し、割安だと判断してしまうわけです。

ところが、実際はそう単純ではありません。下がるには下がる理由があるのです。業績が悪化して、ひょっとしたら下がってもまだ割高な状態かもしれないのに、自分の買い値に比べて下がったからというだけで買いに走ってしまうと、ただ投資金額を増やすことになり、さらに大きな損を重ねてしまう結果になりがちです。

「権威づけ効果」と「情報負荷による思考停止」

ところで、皆さんはこれから「投資」を始めようと決めたら、まずは何をしたいですか? 「できることならば、名の知れた金融機関のプロに相談したい」と思うのではないでしょうか。しかし、大江さんは「金融機関の営業マンに運用のプロはいません。みんな、ただのセールスマンです。販売のプロであっても、運用やアドバイスのプロではありません」と断言します。

「え?」と思いますよね。大手金融機関が「資産の総合アドバイザー」といった肩書のスタッフを窓口に配置しているのを、私も知っています。肩書通りであれば、投資に詳しい人であるに違いありません。しかし、大江さんは「行動経済学で言う『権威づけ効果』を狙っての戦略です」と説明します。

「私たちは『大手企業』『プロ集団』といった言葉に弱く、金融機関もそれをわかっていて、それなりの資格や肩書を持つ人員を配置しているのです。初心者は、彼らの口車に乗せられて、よくわからないまま商品を買ってしまうわけです」

また、本来は自分自身の考えで判断すべきところを、つい窓口で「儲かる銘柄を教えてほしい」と聞いてしまうのも、行動経済学で説明できます。こちらは「情報負荷による思考停止」が働いた結果で、難しい判断を自分で行うのを避けたい気持ちになるからだそうです。

どうしたら投資の罠や誤解を避けられるか

ここまで見てきたように、投資の世界では、人間の心理が生む、さまざまな罠や誤解が待ち受けています。それらに陥らないようにするには、どうしたらいいのでしょうか。「『現状維持バイアス』になんて自分は絶対かからない」といった強い意志を持てば大丈夫でしょうか?

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残念ながら、「気合い」では何ともならないこともあるようです。大江さんはこう書いています。

『“株は10勝1敗でも損をする』という事態は、価格の変動によって、売買のタイミングの判断を狂わされることによって起きます。であるならば、売買のタイミングを考えず、自動的に購入できる仕組みを考えるべきです。たとえば、毎月一定金額を投資していく『ドル・コスト平均法』という投資法があります。これを利用すれば、自分で売買のタイミングを判断する場面を避けることができます」

また、投資金額や投資判断のルール化も大切とのこと。

「ポイントは運用枠を決めることです。そうすることで、株価が下がったときの意味のない『ナンピン買い』を避けることができます。また儲かり始めると、さらに多額の資金を投入したくなるものですが、その時点で株価は上がっているので、この行為はかなりリスクを伴います。運用枠を設けておけば、こうした行動に制限をかけることもできます」

なかなか難しいが・・・他人を気にしないこと

さらにもう一つ、大江さんがポイントに挙げるのが「他人を気にしない」ことです。

「みなさんは『多くの人が持っている銘柄は、自分も持っておきたい』と思いませんか?  これは行動経済学の『ハーディング現象』といって、みんなと同じ方向で動くことで安心する心理が働くからです。同じ行動をしてもほとんど意味がない、いやむしろ人とは逆のことをしないと儲からないというのは投資における鉄則なのですが、そういうことはなかなかできません。たとえみんな頭ではわかっていたとしても、安心を求めてしまうんです」

でも、「他人を気にしない」ことは、けっこう難しいことですよね。

「私がオススメしたいのは、逆に、いろいろな人の意見を聞くことです。多数派の意見や一人の人の意見を信じるのではなく、いろいろな考え方を持った人たちの意見を幅広く聞いていくのです。そうすることで、いろいろな流派があることを知ることになり、そのどれもが、あまりあてにならないことを肌で感じるはずです」

世の中は心理が生み出す罠や誤解であふれている

最近、インターネットを介した通信販売では、「返品自由」をうたい文句に売り上げを伸ばしている企業が多くあります。皆さんのなかにも、「いつでも返品できるんだから大丈夫」と、勢いで買い物をした経験があると思います。ところが、実際に返品が行われる確率は2〜3%程度にすぎないとか。「そう言われてみると、確かに・・・」と思った人も多いのでは?

これは、行動経済学で言うところの「保有効果」が働くからです。人は自分の持っているものの値打ちを高く評価したがる傾向を持っているのです。「返品自由」のサービスは、その心理状態をうまく利用しているわけです。

人間の心理が生み出す罠や誤解は、日常生活のさまざまなところに散りばめられていて、逃げ切るのはなかなか容易ではありません。とはいえ、投資は私たちの大切なお金をかける行為。行動経済学の基礎を学んでおくことで、いくらかでも罠や誤解を避けられるなら、やらない手はないのでは。

(文・永峰英太郎)

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